短編/二十歳のバレンタインプレゼント(仮)

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設定/WINGS20歳の2月14日・勝行×光 (未来ネタバレ注意)

 

ガチャリと玄関のドアが開く音だけで、誰が帰ってきたのか光にはすぐに分かった。
思うように動かない身体は、軋む悲鳴を上げながらも、待ちわびていたその姿を一秒でも早く掴まえたくてゆるりと動く。
冷たくなった指先が、ポンといくつかの鍵盤を叩きながら目の前の電子キーボードを頼りに這い出した。

「ただいま、光」

もう毎日、何度も聴いている大好きなその声を、二度と聴くことができなくなるのはいつの日なんだろう。願わくば、いつまでも間近で聴いていたい、甘くて優しい声を。
おかえり、が言いたいのに、声が掠れて語尾しか音にならなかった。それでも、勝行はいつも通りの優しい微笑みを返しながら、「変わりなかった?」とキーボードの上に置かれた光の指をそっとなぞって傍に立った。

自分の力で起き上がれないのが悔しい。昨日までの自分だったら。先月までの自分だったら。そう思いながらも、動きの鈍い自分の身体を必死で動かそうと腕を上げる。そして、精いっぱいの笑顔を返す。
彼の笑顔の奥で泣いている、怖がりの人格をこれ以上不安にさせまいと。

「起きるの?」
光の腕をその首で受け止めながら、腰を支えて起き上がる手伝いをすると、勝行はぽつりと呟いた。
「無理しなくていいけれど……今日はバレンタインだから、お土産にいつものケーキ屋で期間限定のチョコがけ苺を買ってきたよ。食べられそう……?」
「……んー……」
力なく首を横に振ると、光は抱き上げてくれた勝行の腕の中でその体温をじっと噛みしめるようにしがみついた。
もう何時間もその身体に触りたくて、逢いたくて仕方がなかった。そんな光を知ってか知らずか、勝行も抱き上げた腕はそのままに、倒れこまないようしっかり包み込んで離さない。

(ああそっか……バレンタイン……)
女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる行事だ、と随分昔にきいたけれど、最近はお世話になった人同士で贈り物をするイベントになりつつあると、読んだ本に書いてあったことを思い出した。

「チョコいらねー……クリスマスのと同じのがいい……」

目を閉じて、勝行の胸の鼓動に耳をあてがいながら、光は独り言のように呟いた。
食欲があっても、身体が受け付けなくなりつつあった。あんなに好きだったケーキも、いちごも、チョコレートもお肉も。食べたいと言わなくなった彼を気遣って、毎日何か光の好物を買ってくる勝行の心配が、耳元の鼓動だけで何となくわかる。

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「……いいよ、わかった」

光の希望を聞いた勝行は、困ったような顔をしながらも、光の腰をもう一度優しく抱きしめて回答した。ほとんど自力で起き上がれていないその身体を支えるようにしながら、自分はベッドの端に腰を下ろして体勢を立て直すと、キャラメル色の柔らかい髪にそっと口づける。
ゆっくりと自分を見上げる光の頬にもキスを落として、もう一度「ただいま」と呟くと、そのまま光の唇を優しく塞いだ。
じわりと感じるその温もりを全身で感じて味わいたくて、光は力なくその目を閉じる。
勝行の首に回したままの腕は、外気温に晒されてすっかり冷え切ったマフラーとコートを、弱々しく握りしめた。

何度も唇を重ねては離し、角度を変えて時々舐めながら、キスに浸りきった光のそのすべてを貪り食すように吸い付いていく。
「ん、ん……ぁ……」
か細い喘ぎ声の向こう側で、こんな小さな声が勝行の耳に届いてきた。

「おかえり……」

 

 

あと何回、お前にこの言葉をかけてあげられるのだろう。
だけど言える限りはずっと……。

毎日。
ありきたりな夜の、二人だけのひと時をあともう少し。

[ Fin]