SS『ピアニストのプレゼント』

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『ピアニストのプレゼント』

※時期/WINGS 高校3年(本編終了後)

30分制限のお題トレーニングで書いた、WINGSのさりげない日常。


 

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彼の白くて長い指がしなやかに動く。

素早く抜けるように流れゆくトッカータ。ゆったりした歩調で優しく頬を撫でつけるアンダンテ。

その音楽は今日も腹中で蠢く黒いものを浄化するかのように、優しく身を包み込んでくれる。聖母の息吹のような光と音。だから相羽勝行は、いつまでもその音楽の中で目を閉じて、眠るように生きていたいと思っていた。

 

何の愛想も要らない。下らない腹の探り合いもしない。

他人に合わせて、わざわざお行儀のいい顔を作って見せなくてもいい。

ただひたすら、彼のピアノの音に浸って、その音楽の海の中で沈んでいたい。

それができたら、どんなに幸せなことだろうか。

そんなことを考えながら、目の前に広がる楽譜のプリントを手に取ったまま、勝行の瞼はうっすらと閉じていた。

 

 

「……かつゆき?寝てるのか?」

 

思う存分ピアノを弾き終えて、少し休憩したくなった今西光は、ふと振り返った瞬間視界に入った後ろの光景に驚き、思わず声をかけた。

いつもなら自分の近くでせっせと編曲作業をしているか、勉強の本を開いていて、ピアノを弾き終わったら笑顔で「疲れた?俺、コーヒー飲みたいんだけど休憩しようか」と間髪いれずに声をかけてくれる。そんな彼が、楽譜を片手に座ったまま寝ている表情は、何やら疲れているように見えた。

うっかり触れたら、すぐに起きてしまいそうな気がして、光は一瞬出しかけた手を引っ込めて思い悩んだ。気遣いの多い相方のことだから、自分がうたた寝なんかしていたと気づいたら、ごめんね寝てた、と謝ってきそうだ。そのように謝ってもらう謂れもないし、この多忙な相方はできるならもっとゆっくり休憩してほしいと思う。

 

(たまには全部やめて休めよな……)

 

勝行の周りに広がる書類は、どれもこれもWINGSのプレゼン資料やスケジュール、楽譜、コンテなど、プロデューサーの置鮎保から預かった仕事関係のものばかりだ。その下に埋もれているのは、光にはよくわからない難しそうな英語の新書や、行政関係の書籍。勉強しないといけないことが山盛りある中で、WINGSの雑用を一様に引き受けている勝行が、こうやって何もしないでただ寝ている姿なんて、滅多に見ない。

夜だっていつも光の方が先に寝てしまうのに、朝も自分より早く起きて仕事をしているから、無防備に眠っている勝行の姿を拝めるなんてむしろレアものかもしれない。

 

だから光はそっとその頬に触れるだけのキスをして、その場を離れた。

温かいコーヒーを、彼に作るために。

 

いつもお疲れ様、の心をこめて。

 


 

即興小説トレーニングのお題「それいけピアニスト」より。30分制限チャレンジSSでした(^ω^)
http://sokkyo-shosetsu.com/

一切の校正・手直ししてませんので見苦しいところもありますが楽しい挑戦でした。